私の意見・情報など(掲示板に書き込んだものを転載しました。)


目次


朝日新聞広告特集に対し 投稿者:ugo  投稿日:12月16日(日)06時19分44秒

記事によると、うつ病の患者にはまじめで責任感の強い人が多いという。何故、いまだにこんなステレオタイプなことを天下の朝日新聞が取り上げているのだろうか? 病院に通院している人や、入院している人を見ればわかるのだが、精神科に依頼する人はそのような人ばかりではない、むしろそのような人は世間に思われているよりずっと少ないのは明らかである。それから、このホームページを見てくれている人は絶対に医師らの主張する「早期発見・早期治療」には耳を傾けないで頂きたい。(現代の大半の生物学的精神医学を信仰する)精神科に行くことで状態を悪化させることはあっても良くなることなど絶対にあり得ないのだから...


精神障害者の犯罪時の処遇に対して
 投稿者:ugo  投稿日:12月27日(木)05時33分47秒

新聞記事によると。重大な罪を犯した精神障害者に対する新たな処遇システムを政府は、「入退院や治療の要否を裁判官と精神科医の合議によって判断することを決めた。」そうである。
(ここからは私の個人的な意見であるが)しかしながら何故精神障害者だけ医学的な治療(精神医療)を受けたあげく、法的にも裁かれなければいけないのだろうか?心神喪失だから罪を免除されるはずなのに、実質的に医療で当事者を裁くようなまねをしたり、あるいは医療で治癒したはずなのに司法で裁かれ、国家的に「重大犯罪を犯した精神障害者」というレッテルを貼られたあげく、特別な専門治療施設に拘禁が許されたりするようになるのである。こんな政府の横暴が許されていいのだろうか?他にも重大な犯罪の定義があまりにもあいまいである。こんなことでは誰かが医者や司法と結託して精神障害者を施設に閉じこめようと思えばいくらでも拡大して適用される恐れがある。それにしても精神障害者の現状は社会から突き落とされ、見放された存在である...


責任能力と自傷他害
 投稿者:ugo  投稿日:12月27日(木)14時58分09秒

精神障害者が罪を犯した場合、法廷では当事者の責任能力の有無が問われると思うのだが、責任能力なしと認められた場合、当然刑は免除されその人は精神病院に運ばれる。その目的は懲罰ではなくあくまで治療が目的である。一度病院に入れられると、自傷他害の恐れありということでその恐れがなくなるまで病院に拘束される。その人が老人のよぼよぼになるまで拘禁される恐れだってある。しかし、ここで思うのだが司法の場では責任能力が無いことが問題で病院に運ばれたはずなのだが、その病院の治療で責任能力が回復するはずもなく、むしろ責任能力の有無を問われるどころではない程の窮状に追いつめられていくのである。また、唯一病院側に課せられているはずの当事者の自傷他害の恐れありの判断であるが、恐れがあるから入院させる、恐れが無くなったので退院させると言っておきながら、将来のその人の自傷他害の恐れは予測できないと言うのである。何故、入退院の時ははっきりとそれらを断定して当事者の将来を大きく左右する判断を有無を言わさず押しつけておきながら、将来の予測は不可能と言えるのか。精神医療とはこれだけ曖昧でいい加減な部分を抱えている分だけ、普通の人でもいつ何時自分や身の回りの人の身に降りかかるかもしれない問題として、無関心でいないで頂きたい。


生物学的精神医学と遺伝子  投稿者:ugo  投稿日: 1月 4日(金)05時21分28秒

生物学的精神医学によると、人間の遺伝子から精神分裂病の原因を特定しようとする動きがある。将来、ひょっとすると強制遺伝子治療なんてのも登場するかもしれない。
しかし今日の新聞の記事によると、人とチンパンジーのDNAの差は1.23%だそうである。さらに人同士の個人差は0.1%。ここからどうやって精神病の遺伝子を見つけようというのか。
精神病の定義・解釈も人によってまちまちで曖昧なだけに、遺伝子の分別法も人によって異なる、よってそれらの手法は無限大に広がることを彼らは気づいていないのか?
いずれにしろ、「生物学的精神医学の限界と危うさを示す話である。」と私は思う。


神経遮断薬(neuroleptics)は突然死を招く? 投稿者:ugo  投稿日: 1月 4日(金)05時39分51秒

英文ですが、とりあえずアメリカ精神医学会のアメリカン精神医学ジャーナル(The American Journal of Psychiatry)から抜粋された、この協会のWebサイトの記事をご覧下さい。

http://ajp.psychiatryonline.org/cgi/content/abstract/158/11/1774


A Beautiful Mind  投稿者:ugo  投稿日: 1月 5日(土)09時08分54秒

現在アメリカで公開されている(去年末より)映画「A Beautiful Mind」(ユニバーサル映画)の公式ホームページへのリンクを追加しました。日本でも今年公開予定ということで、いまから期待しています。


協力者求む  投稿者:ugo  投稿日: 1月 9日(水)08時24分15秒

誰か「The Antipsychiatry Coalition」の記事を翻訳(英語から日本語へ)してくれる人はいませんか?
詳しくは以下のURLをクリックして下さい:

http://www.ccn.ne.jp/~k801923/ugoslink/contents.htm


朝日新聞家庭欄に対し      投稿者:ugo  投稿日: 1月10日(木)06時19分18秒

今日の朝日新聞の家庭欄の記事「心を病んで葛藤つぶさに」のコメントで、とある地域精神医療を実践する医師の話では、精神障害で最も多い精神分裂病は100人に1人の割で誰でもなりうる病気とし、疲れやこだわりの多さなど生活のしづらさの障害が起きる。そしてそれらの症状を薬で治療するとも語っている。ここで疑問に思うのだが思春期のストレスなどに端を発するこの症状(病気)が、治療後(退院後や通院後)には何故これほどまでに深刻な状況として語られるのだろうか。つまり原因(きかっけ)と結果(予後)があまりにもかけ離れているのである。
精神科に依頼する人は周囲から理解されず、本人を自分で上手く説明できない人ばかりではない。むしろ理解者も僅かながらでも存在し、自分のことは自分が誰よりもわかっているのである。では何故医者に助けを求めるのか?自分の身の回りの人の英知を結集しても解決できないほど進歩的で、困難かつ深刻な状況の解決策を求めて、路頭に迷ったあげく止むに止まれず精神科の門を叩くに至る依頼者もいるのである。皆さんは私が医者に過剰な期待をしているって言うかもしれない。しかしながら一方で依頼者に十分な説明をする義務(インフォームド・コンセント)を怠り、お互いの理解を深めようとしない医師らの姿勢もこれらの期待を増幅させているのも事実なのである。依頼者の期待と医師らの怠慢のせめぎ合い。これも「精神医学の神話」を生む一つの要因かもしれない。


製薬会社の「抗うつ薬」の全面広告に対し 投稿者:ugo  投稿日: 1月14日(月)07時41分45秒

「うつ病の治験」を呼びかけるこの広告によると、募集対象として:

「楽しいと思うことがあまりない」
「何事にも興味がわかず、面倒である」
「集中力がなく、大事な決断ができない」
「寝付きが悪く、寝ても途中で起きてしまう」
といった症状が2週間以上続いている方。

とし、「…、参加される方の安全を優先して行われます。」
などと書かれています。
いったいどれだけの人がこの広告を見て治験に参加しようと思うのでしょうか?
皆さんはこれだけ大々的に(一般の人が常に目に触れる)大手のメディアを使って、大手「製薬会社」が抗うつ薬の治験を呼びかける(大衆に向かって煽動する)ことをどう思われますか?


治療の成果を手柄にする精神科医ら    投稿者:ugo  投稿日: 1月14日(月)11時52分51秒

依頼者(患者)が良くなったのを見て、治療(主に薬物治療)の成果が現れたと手放しで喜ぶ精神科医らをメディアなどを通してよく見かけるが、当事者(患者)の努力や社会的、環境的変化を無視し(認めない、受け入れない、評価しない)て自分たちの力量や薬の効果ばかり誇り、指摘するのは全くのお門違いである!


名称変更 投稿者:ugo  投稿日: 1月20日(日)06時03分01秒

精神分裂病という名を、全家連が「人格を否定するような響きを持つから名称を変えて欲しい」と呼びかけ、それに学会が「社会的にも医学的にもこの名称は不適切だ」と応じ変更することが決まったという。
ところで新しい名称「統合失調症」に前の「精神分裂病」から名称が変わったからといってどこが違うの???それによって何が変わるというの?????


ADHD 投稿者:ugo  投稿日: 1月20日(日)06時36分16秒

今日の朝日新聞 「こまった子」じゃないよ ADHDの現場から を読みました。
専門家の意見としてとある国立の研究所の児童思春期保健部長である人がコメントしているのだが、「ADHDの診断治療のガイドラインは作成中とし、診断は診察室での行動だけでなく、生育歴を吟味し、学校からの情報、脳波検査、知能検査などの多方面からの情報を総合して行い、決めつけはしない」そうである。
ここで思うのだが、なぜ診断に本人の声を少しでも取り入れようとする姿勢が見えないのだろうか?本来なら本人が主人公である現場から本人だけが取り残されている惨状。大いに疑問である・・・。


朝日新聞全面広告「治験ってなに?」に対し 投稿者:ugo  投稿日: 1月20日(日)07時15分05秒

記事によると「治験に参加するにあたって、事前に…治験に関する多くの説明を十分に受け、その説明の後、患者さん自身あるいは治験によってはご家族が理解し同意した上で、治験ははじめて進められていきます。もちろん、途中で参加を取りやめることもできます。」などとあります。
記事に書いてあることは一見当たり障りのないようなことが書かれていて、いい線いっているのではと思わせられます。
しかし本当に大切なのは記事の内容に実態が伴っているか、参加者が実際にこの教授が言うように是々非々で行動に移せるかだと思います。現場では(私は治験に参加したことはないので確かなことは言えませんが)参加者が治験者に気を遣ってしまう、参加者の前知識が不足しているなどの理由で、十分な説明を求めたり、参加を途中で取りやめ医療機関をすぐ立ち去ることなどできないのでは?


憲法論議 投稿者:ugo  投稿日: 1月31日(木)06時27分46秒

新しい権利として、インターネット上の情報をすべての人が平等に得られる「ネットアクセス権」を憲法に盛り込むことが提案されているという。
すべての人が平等にと言うなら、まず始めに精神病院にインターネットを導入し、外来、入院患者を問わず、病院に立ち寄った人、入院している人が誰でもいつでもあらゆる情報にアクセスできるようにすべきである。


セルフメディケーション 投稿者:ugo  投稿日: 2月 1日(金)06時53分30秒

これからもますますその必要性は求められていくことでしょう。


オーダーメード治療 投稿者:ugo  投稿日: 2月 1日(金)07時14分09秒

オーダーメード治療とは一人一人の違いに合わせて薬などの使用法を選んでいこうという未来の医療の試み。
何故これが最も個別のきめ細やかな対応が求められるはずである精神科医療にまず始めに必要性が提唱されないのだろうか?
いち早くその導入を確立していこうとしている「がん治療」との間に格差を感じずにはいられない。

 
2/11 朝日新聞社説「心の病気に対策を」に対して 投稿者:ugo  投稿日: 2月20日(水)06時12分23秒

記事によると近年特に中高年自殺者が増えているその要因として「不況、リストラ、家族の中での孤立など様々な要因が影響してのことだろう」としているが、その一方で専門家の言葉を代弁して「背後として、うつ病などの心の病が隠れていることが圧倒的に多い。」と言う見方をこの筆者(朝日新聞)は支持しているように思われる。

その上で「心の病気は、適切な治療をすれば本人の苦しさをかなり取り除ける」と説く。
また「自殺は、本人にとって取り返しが付かない〜」などとし「自殺が多くが病気から起きると知り、本人はじめ職場の上司や友人、家族が病気の兆候を見逃さずに適切な対応ができるよう、対策を講じるべきだ。」とまで主張する。

これでは本人が周囲からがんじがらめになり生きたくないと言う弱音さえ吐けなくなるのでは?
引いてはそれが本人を追い詰めることになる。と、私は思う。

さらにこの社説では政府の自殺予防啓発活動の呼びかけだけでは不十分だとし、「気軽に通える精神科を整備し、医療の質を高める。「精神科にかかって良かった。」と実感する人を増やす。〜。」としている。

一見いいこと言っているのでは?と思われるのだが、このようなことを言うのは得てして精神科の実態、現実を知らない人、精神医療の限界、危険性(暗部)を知らない人が言う言葉である。

極めつけに筆者が精神科医療の患者側から見た現状をよく分かっていない事を示すのは、根強い偏見を切り崩していくための実質的な取り組みとして「医療制度の中で精神科医療の充実を急がなければならないだろう。」と当たり障りのない抽象的な表現に終止しているところにある。まあ最近の精神科医療について述べた朝日にしては読み応えがあるというかある意味論調に力強さを感じるのであるが、この社説に限らず精神科医療の問題を述べた記事は得てして患者や医療者の両者に配慮してか一貫して角が立たないような漠然とした表現に留まることが多い。あるいはどちらか一方に偏った利権が見え見えの記事ばかりである。

最後に「眠れない。なんとなく疲れる。食欲がない。感情が不安定になる。すぐ涙が出る。胸がドキドキする。」と言ったような誰にでも見られる私から見れば感情表現、自己主張の一種、あるいは ある意味からだが自然に発する健康を維持するために必要不可欠なS.O.S.信号なのであるが、「これらは、うつ病の症状のうち典型的なものだ。」と容易に調子の悪いときなら誰にでもありえる感情表出を心の病であるとのレッテルを貼るよう促し、あげくにこれらの症状は「病気の兆候であることは忘れないようにしたい。」と念を押す。

この解決策として奨めている「いのちの電話」であるが私は利用したことがないのでよく分からないのだが、これがどれだけ役に立つものなのだろうか?切羽詰まった当事者が当てにならないと分かっていても最後の切り札として藁をもすがる思いで頼ったとしてもその状況が困難であればある程あっけなく私たちには手に負えない、精神科に行って下さいと言われ切り捨てられるだけなのではないだろうか?

自殺が本人にとって取り返しのつかない問題だからと言ってこの問題をすぐ精神医療の充実を急げと主張することに結びつけるのはその実態をよく分かっていない証拠ではないのか!?分かっているなら確信犯である。

立場はどうであれ現状を見過ごし全体像から細部に渡って把握することなく、後先考えずあたかも他人事のような態度で無責任に精神科医療の充実を唱導する(必要性を求める)のはお門違いであり許せない。と私は感じる。

心の病気に対策をと銘打って心の問題と自殺をすぐ結びつける短絡さもまたいかがなものか。


ちょっと。 投稿者:ugo  投稿日: 2月20日(水)08時27分49秒

↑ほとんどが新聞からの引用なんですが、何だか偉そうでどうもすいません。

 
治験広告 投稿者:ugo  投稿日: 3月10日(日)08時39分59秒

「人前にでるのが怖い」

会議などで意見をいったり報告をする
人前で電話をする
グループ活動に参加する
他人の見ている場所で食べたり飲んだりする
権威ある人やよく知らない人と話をする
人前で仕事をしたり字を書く
観衆の前で話す
他の人たちがいる部屋に入る
人と目をあわせる
来客を迎える
自分を紹介される

このような場面で不安や恐れを感じ、それが苦痛であったり、
長期に日常を妨げていれば、性格ではなく
社会不安障害という病気かもしれません。
今、この病気で悩んでいる人がいます。
この病気は治療できる可能性があります。

とし、
「治験にご協力ください。ご家族の方でもご連絡下さい。」
と強調されています。

このように
何でもかんでも病気を作り人にレッテルを貼り、薬を押しつけようとする製薬会社、科学者、医師らがいます。
これらの人たちは他人の足元ばかりを見て優越感に浸る愉快犯のようであると言えるでしょう。
これを見ている一般の方々、気を付けてください。
これらの人たちは薬でその問題が解決するとはこれっぽっちも思っていないのです。
思っているとしたら科学者として不適格です。
また思っていないとしても確信犯と言えるでしょう。
いずれにしろこれらの人たちは社会を不安に陥れ、権威のある人に恐れを抱かせるのに十分過ぎることを自らしているです。
そのような意味からも社会不安障害は権威原病(医原病)と言えるでしょう。
皆さんはどう思われますか?

 
「精神情報科」の新設を! 投稿者:ugo  投稿日: 4月 8日(月)10時36分29秒

そもそも精神病とは社会的、道徳・倫理的、あるいは政治的価値観の善悪、正常・異常、良し悪しあるいは普通・個性的などで語られる筋合いがないもののはずである。当事者からすればどんなに変わっているだとかおかしいと言われたり困ったものだとかやっかいな奴などと思われようともどうでもいいことなのである。他人が何と言おうが自分がそれでよければそれでいい。関係ない。むしろそんなことに関心がないからこそそう思われる面もある。また科学的にこころ(精神)も肉体の一部であるよって精神病も体の病気と同様に治療できることとして精神医学がこころを扱おうとするなら尚更である。むしろ純粋に科学として扱おうとすればするほど全体が個人を管理し押しつぶすような社会的価値観や一時的で移ろいやすい千差万別の個人的な感情や思惑に囚われることなくまたそれらから完全に切り離して考えなくてはなるまい。

精神病はこころの病として扱うのか。体の病の一部として考えるのか。最終的にこころ(脳)を体の一部として統合できるのか?科学は解明できるのか?残念ながら私の考えはそこまで至っていない。そんな回答は用意できない。できないからこそ皆が精神病の原因究明やその治療薬の開発に躍起になるのでありもしそんなことができたらノーベル賞ものである。いやそれ以上か?その時には人間が宇宙や地球、人類をも創世し得た神をも凌ぐことになるかも知れない。それは神の概念が根底から覆されると言うことでもある。果たして科学が神に勝利する日が来るのか・・・?

少し話がそれましたね。ただ別の見方をするとこのようなことが言えるかも知れない。つまり精神病とは自分には精神的な病があるのでは?と思うそのこころ(精神)そのものが病なのであると言う前提に基づいて承伏される精神医学の下にのみ成り立つ概念であると私は考える。つまり世の中(人間)に精神病が存在すると考えること自体が精神病を作り上げていると。

故に現在、過去の精神科は社会には精神病を抱えた人が世の中に存在し精神病を治したいと思う人が医者を訪れることを前提にして予め用意された手順、施策に従ってできうる限り如何にそつなく彼らを治療(その是非は別として)していくかをもっとうとしている。

しかし実際に精神科を訪れる依頼者の中には自分を精神病とは認めないまたは精神病とは何たるかを良く知らないで診察を求める人がいる。むしろ自分が精神病だと思って精神科を訪れる人の方が少ないのかもしれない。では彼らが何を求めて精神科に行くか?その答え(根本的な解決策)は医者や本人すら誰も知らない。誰も分からないからこそ精神という人類にとってほとんど手つかずで未知の領域を扱っているにも関わらず時として裁判官や政治家、お金持ちなど権力者、その誰よりもいやもはや神をも勝るぐらいの絶対的な価値観をある特定の個人に対して押しつけ権威を我が物顔で行使し得る精神科なるともすると怪しげな科が存在しまたそれに引き寄せられるように訪れる人がおりそしてやっかいなのである。

精神医学は精神病を分類し、治療しなければその体を全く成さないため(実在できなくなる)その概念そのものに異議や疑念を抱いているのにも関わらずそれでもなお精神科医療を求めている人は全く想定されておらずその扱いは一見非常にやっかいとなる。しかし何も心配はいらない。精神医学はそんな困った人のためにもちゃんと落としどころを考えてある。自分を精神病だと認めない人(あるいは自分の病気が何だか分からない人)は病識がないと呼び、そのまた彼らの多くは治療を受け入れたがらないため彼らを治療処遇困難者として扱う。

そして病識がない、治療処遇困難者などとレッテルを貼られたそのような不幸な人たちへの医師らの対応はかける声が見つからないほど無惨なものである。予備知識や用意のない人が口ごもってしまってもある意味当然と言いたくなるほどその対応は人間としての理解を超えている。得てして彼らは自らが精神病であると認める依頼者より重く、悲惨で、取り返しがつかない治療を与えられる。

病識がないからと言ってあるいは治療を強制されたくない人が重大な精神病者であり強力な治療を必要とし非自発的に拘禁されなければならない根拠など全くない。

いつから精神医学は人のこころを救う学問から権威を振りかざし社会を安定に導くと言うよりむしろ良心的な人々を不安に陥れている効用の方が大きいのではと思われる節も否定できないような悪の権化に成り代わってしまったのか?

このような医学が複雑で多様な価値観からなる社会において悩み、問題を抱え苦悶する多くの現代人のニーズに十分に応え切れていないのは言うまでもない。

入院(拘禁)や治療の強制を科し人間性を奪っていることに示されるように精神科医療の抱える現代の人間(精神)の成長(成熟)には欠かせない自発性を尊重すべきことなど本来の姿からかけ離れた様々な矛盾を解消せねばならないと唱えること自体、その理念には例え保安処分を提唱する精神科医であろうとも異存はあるまい。

もしそうであるなら提供者側も依頼者側に小異に拘らず歩み寄ってお互いに異存がないと言えるぐらいのすっきりした目的を案じてみてはいかがだろうか?

そこでそのこう着した両者の溝を少しでも打開し埋め合わせできるような解決策として私は病院に精神科に変わる人類の英知を結集した人間の精神・神経全般に関わる情報を集結した新しい診療科を設けるよう呼びかけたい。

その科が精神病に変わるレッテルの張り替えや未知の問題を抱えた絶望の巣窟に終止するだろうという疑念を打ち消すためにもそこでは治療を一切行わず純粋に依頼者に情報を提供するのみに徹していただきたい。返ってその方が変なしがらみやステレオタイプな価値観に惑わされることなく健やかに生きていくことを第一に願う良心的な個人のつぶさな思いが医学を志す人なら初心として誰もが抱くであろう人の役に立ちたいと言う提供者側の思いに合致しこころから反映されていくのではないか。

脳を情報の集積体と考えこころも全て情報(信号(シグナル)、物質)に還元できると考える生化学的な精神医学を推進しようとするならこのような情報のみでこころの問題を語るのは自ずと知れたことかもしれない。

私はこの新しい科を「精神情報科」と銘々したい。

これを読んだ医療関係者の方々はいかが思われるのでしょうか?

 
ビューティフル・マインド 投稿者:ugo  投稿日: 4月14日(日)05時04分04秒

アカデミー賞作品賞など4部門を受賞した現在公開中の映画「ビューティフル・マインド」は精神分裂病とされながらもノーベル賞を受賞した1人の天才数学者を描いた事実に基づく作品である。

この映画に関し昨年末より公開されているアメリカで一般紙”USAトゥデイ”は以下のようなコメントを含む記事を3/4伝えた。

映画では主人公のナッシュ氏にノーベル賞受賞時(1994年)新薬を取っていとる言わせている。ナッシュ氏本人はこれ(受賞時に新薬を取っていたこと)を純粋にフィクションであると語っている。

誰に聞いてもナッシュ氏は1970年以降向精神薬を一切取っていない。

ナッシュ氏は精神科の薬を拒絶した。そしてこのことが彼の回復を助けたかもしれない。

以上、詳しくは"USATODAY.com"のRobert Whitaker氏による記事「こころの薬は回復を妨げるかもしれない」をご参照下さい。

http://www.usatoday.com/news/comment/2002/03/04/ncguest2.htm

 
6/7 朝日社説に対し 投稿者:ugo  投稿日: 6月 7日(金)14時04分55秒

今日の朝日の社説:精神医療「質の向上を急げ」は、

「(『適切な精神医療』『社会復帰施設の充実』『地域生活の支援』などの実現をめざす、)厚生労働省の社会保障審議会による精神障害者の医療福祉計画づくりが大詰めを迎えており」また、

一方で保安処分の色合いがぷんぷん臭う触法精神障害者に対する法案(心神喪失者医療観察法案)の審議が国会で並行して粛々と進められている。

ことから端を発している。
そしてこの社説は大まかに、

「精神障害者による重大犯罪は、症状が悪化しているときに起こるのがほとんどだ。悪化をくい止めるには、患者が温かく見守られ、良質な医療を受けられる態勢が不可欠である。新計画には、そのための具体策をきちんと盛り込んでほしい。」ことから、

・人員配置基準をほかの診療科並みにし、人でをかけた治療ができる診療報酬体系にするのが急務だ。
・医療の質を上げるには、閉鎖的な体質を改め、情報を公開しなけらばならない。
・退院後の暮らしを支える福祉の充実も欠かせない。

などと主張している。
「質の向上を急げ」との全体としての論調はだいたいいい線いっているのでは?と思われる。

ただ注文を一言。
「精神分裂病(統合失調症)やそうううつ病は、新しい薬の登場などによって症状をかなり抑えられるようになった。」
との一文についてだが、

薬でかなり症状を抑えられるように”なった”と断定調に言うのではなく、”なるそうだ”とか”〜と医者・医学会は今のところ大方そのような見解に足並みをそろえている。”など伝聞調にして欲しいものだ。そうすることで、(当事者を含めた)敏感な読者をも取りこぼしなく見据え、配慮されていることが更に腑に落ちて伝わることは勿論、何より記事が(新聞の生命線とも言える)事実にもっと忠実になると思う。(さもなければ、薬物治療に伴う危険性(副作用、反作用など)を併記するとこまで踏み切って欲しい。)

最後にもう一言。
結論の
「精神医療の底上げこそ、不幸な事件を減らしてほしいという願いにこたえるための本道である。」
について、

精神医療の底上げの本道が不幸な事件を減らしてほしいためとするのはいかがなものか。
被害者感情に配慮してのことであることは分かるのだが、これでは(逆説的に)医療を犯罪抑制の為の道具として代用してもいいと暗黙のうちに認めてしまっていることになりはしまいか。

記事の揚げ足を取っているのは分かるのだが、被害者感情に配慮すること同様に、もしくはそれ以上に、「生活の質」の向上を社会福祉、厚生に求める当事者の声も、精神科医療の底上げにおける本道の1つとして結論に同列に併記されるぐらいに社会の機運も高まって欲しい、と思ったのは私だけなのだろうか?

 
リタリンの処方が14歳のいのちを奪う 投稿者:ugo  投稿日: 6月 7日(金)14時05分41秒

My name is Larry; I am here to let you know about the death of our fourteen-Year-old Son Matthew. He died on March 21, 2000. The cause was determined to be from the long- term (age 7-14) use of Methylphenidate a medication commonly known as Ritalin.

The Certificate of Death under due to, (or because of) reads. Death caused from Long Term Use of Methylphenidate, (Ritalin). According to Dr. Ljuba Dragovic, The chief pathologist in Oakland County Michigan, said upon autopsy, Matthew's heart showed clear signs of small vessel damage, the type caused by stimulant drugs like amphetamines.

………

私の名前はラリー。私たちの14歳になる息子マシューの死についてお知らせするため私はここにいます。息子は2000年3月21日、息を引き取りました。その原因は一般的にリタリンとして知られる塩酸メチルフェ二デートの長期投与からのものであると確定した。

死因は以下の通りです。死は塩酸メチルフェニデート(リタリン)の長期投与から引き起こされた。ミシガン州の主たる病理学者であるLjuba ドラゴビック博士によると、マシューの心臓は、アンフェタミンのような中枢神経刺激薬によって引き起こされる類の、明らかな毛細管の損傷の兆候を示している。

………

ホームページ"Death From Ritalin: The Truth Behind ADHD"(リタリンからの死:注意欠陥多動性障害の隠された真実)より。

つづきは以下のアドレスをクリックして下さい。

http://www.ritalindeath.com/
 



ADHD(医療を恣意的に道具として使う) 投稿者:ugo  投稿日: 6月12日(水)12時20分05秒

今日の朝日新聞、
連載「こころ元気ですか 子ども編」 読者から 

自閉症・おねしょ 家族の対応は
金生由紀子・北里大学教授がアドバイス
のなかで、

「『わんぱく』と『ADHD』と『自閉症』をなぜ区別するのですか。」
との読者からの質問に金生先生はこう答えている。

>例えば、ADHDでは中枢刺激薬で改善する例がかなりあるそうですが、自閉症にはあまり利かず、逆効果になる場合もある。
また以前に(連載のなかで)、
>(ADHDと)同様の症状は自閉症などでも見られ、区別が必要だ。一方、生活に大きな支障を来さない普通のわんぱくをADHDと心配しすぎないようにしたい。
と述べている。(質問の元)

ここから分かることは、「治療の重点はそれぞれ違う(記事より)」何て言うどうにでも取れる抽象的な言葉を免罪符に、「ADHD」と「わんぱく、自閉症」の医療や対応を確信犯的に使い分けをしている、あるいはADHDのみを恣意的に医療の対象としていると言うことであり、また医療を(自分の気に入らない、あるいは虫の好かない)困った人や厄介者を追い払うための道具として(相性が合わないだけで)使う人がいると言うことです。


まあどうとられてもいいことですけど
 投稿者:紫苑  投稿日: 6月12日(水)16時56分11秒

私のまわりの「わんぱく」「ADHD」「自閉症」の子供はそれぞれあきらかに症状が違います。ugo,psychoファンの自閉症児の親より


追伸
 投稿者:ugo  投稿日: 6月12日(水)18時02分38秒

紫苑さん、こんにちは。

5/18 朝日朝刊 こころ元気ですか 子ども編7 金生由紀子(北里大学教授)

落ち着きがない 注意しすぎず、努力ほめて より

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不注意、多動、衝動性が著しく目立つと、注意欠陥・多動性障害(ADHD)と診断される。らしい。

驚いたことに小学生低学年の本人に「落ち着いて学校で楽しくいられるように助ける薬」と説明して、薬物療法を始めさせたそうである。
楽しくいられる?果たして誰が楽しいのだろう??他の生徒?先生???

その薬物治療によりG君は
落ち着きを見せるようになり、すっかり安定している。とする。

「成果でなく、努力をほめて、自身を取り戻させよう」

家族や教師が本人の特徴を理解し、それに合わせた対応をすると、行動は大きく改善する。

本人の特徴を理解すべきは、他でもない、それは(後にも先にも)本人であるべきなのに、どうしてこの教授はここまで恩着せがましいのだろう?(家族や教師が理解すべきなのは言うまでもない。)

集中できないために、学習が遅れたり、自身がなくなったりすることも予防できる。薬もしばしば有効だ。

方針はいいのだが、薬もしばしば有効だ。とするところが気になる。

また症状が同じでも普通のわんぱくには配慮が必要だという。
恣意的に接し方を使い分け、タイプ別に子どもを区別することがこの教授が使命としていることのようだ。

杓子定規に決まり文句を伝えるのではなく、その人に合わせて、また状況に応じたアドバイスを臨機応変にすると言うのが本物のプロフェッショナルには求められよう。

叱って伸びる子、誉めて伸びる子それぞれでしょう。

叱って伸びる子には叱る、誉めて伸びる子には誉めるぐらいの融通が効いて欲しい。

場当たり的で小手先だけの対応と、長期的視点を見据え忍耐強い対応との違い。
こころの専門家には特にその辺に敏感になっていただきたい。

以上が私の思ったことです。

 
追追伸 投稿者:ugo  投稿日: 6月12日(水)20時34分58秒

6/8 朝日朝刊 こころ元気ですか 子ども編10 金生由紀子(北里大学教授)

夜中に泣き叫ぶ 無理に起こさず見守って では

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「無理に起こさず見守って」と言いながら、「夜中に泣き叫ぶ子ども」の応じ方について、

ただの夜泣きも、医者に言わせれば(医者のご機嫌、さじ加減次第で)「夜驚症」となり(レッテルを貼られ)、また夜泣きを止めさせるためには手段はいとはないようで、

「回数が多くて家族が疲れてしまう時には、小児科に相談するとよい。睡眠薬の一種を短期間のむことで症状を軽くしたり止めたりすることもできる。」

とも述べています。

家族が疲れたからと、薬を押しつけられる方はたまらない。
安易で本人不在の手段に走りがちな医療には疑問を感じる。
 



社会的入院の悲劇
 投稿者:ugo  投稿日: 6月13日(木)13時47分04秒

朝日朝刊、
人のなか街のなか 心病んでも 上

精神病院に40年以上、残ったのは15冊の日記
「外へ出たい」願い続けて
姉の心に消えぬ後悔 より

………
弟は大学時代に分裂病を発病し、26歳から40年以上首都圏の精神病院に入院。3年前、亡くなった。68歳。特別養護老人ホームに移るのを夢見ていた。残された日記が15冊。57歳から亡くなるまでの12年間分だ。
………
暗転するのは97年5月。病院縮小のため閉鎖病棟に移され、看護責任者が厳しくなってからだ。夏、薬の副作用からのどが渇き、水飲み症状が強くなる。外出禁止となり、3ヶ月間個室に隔離され、2週間体をベッドに縛られた。
………
民子さんは臨終に間に合わなかった。駆けつけると、胸の上で両手首をひもでくくられていた。
「原因を突き止めず、ただ閉じこめられていた。まるでこころのケアがない」
抗議したかったが、出ていけと言われるのが怖かった。病院への怒りは、自分に跳ね返る。なぜ病院から救えなかったのか。
………


医者は、入院させるのは症状があり、危険性があるからだとする。
その一方で、症状が消え、危険性も認められないのに入院を余儀なくされる人がいる。

それは医学の論理そのものの破綻であり、かつ生化学的介入(治療)の荒唐無稽さや無謀さ、況や矛盾を露呈させ、また(その現場は)ある種の権威主義の掃き溜め的な様相を呈している。

それにしても、患者は事前(治療前)から(医者や保護者が言うほど)そんなに危険で将来を閉ざされた人だったのだろうか?

患者や家族、病院にその負担を一方的に押しつけるのではなく、
緊急かつ積極的に患者が病院の外で生活できるように国がサポートすべきである。

と、私は思う。
 

ED 恩着せがましい医療 投稿者:ugo  投稿日: 6月13日(木)14時45分40秒

最近(2002年上半期)、国際的な大手製薬会社がEDについて、
元有名サッカー選手を起用しメディアを通じ巨費を投じて大々的に宣伝していた。
そのなかみは、

逃げないこと。あきらめないこと。恐れないこと。
それが私のサッカー人生だった。
あなたも勇気を持ってED(男性機能の低下)に立ち向かってください。
より良いラブ ライフは、
あなたとあなたの愛するヒトの人生を寄りよいものにしてくれます。

医師に相談してください。わたしならそうします。

と述べています。
また、

先週、彼はEDについて
医師と話すのを恐れていました。
今となっては、遠い昔のことです。

とも、うそぶく。

ここまで煽っておいて、実際に施される治療はバイアグラぐらいのものではないのだろうか。その効果だって怪しいものである。

これを恩着せがましい!と言わなくて何という?

cf.
・バイアグラは性交時の触媒的な1方法である。根治的療法にはつながらない。
・これまで心因性といわれてきたインポテンツが、向精神薬過剰投与が原因であることが分かり、また、血液凝固作用薬やホルモン薬等による影響が明らかにされた。
・原因診断を突きつめて行わないまま漢方薬を含めた不合理な薬物療法や心理療法を安易に行い、患者引き止め上手な病医院が全国に数多くある。

http://www.nikkansports.com/news2/health/10/he10_33.html
 

不妊治療 投稿者:ugo  投稿日: 6月15日(土)21時31分34秒

受精卵の提供、産科婦人科学会「認められない」と答申
(Yahoo!ニュース:読売新聞より)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20020615-00000204-yom-soci


生きる力を奪う精神科の薬 投稿者:ugo  投稿日: 8月22日(木)06時57分27秒

今日の朝日の朝刊暮らし欄でも、職場でのストレスに端を発する「心の風邪」ともいわれるうつ病が、多くは薬物療法や精神療法で治るなどと、またまた安易な記述がなされていた。この記事を見て精神科に行ってみようと思う人が出てくるのは必至である。そのまた記事が社会的な誤解や偏見の助長を招きかねない影響力を考えれば全体的にバランスが取れているからと言って、根拠のない薬物信仰、万能主義の記述を見過ごすわけにはいかない。私が(一字一句に)敏感になりすぎているのも分かるのだが、それは彼らの記載や見識が想像の域を出ていないからこそ、(当事者の視点から)指摘せずには終えないのである。
百歩譲って彼らの言うところのうつ病が精神科の薬で治ることがあるとしても、それによって生きる力を失ってしまっては元も子もない。
うつ病を治すためなら手段は問わない、患者の「生きる力」までも奪って良いとする過去、現在、そして未来の?精神医学の治療の在り方はまさしく本末転倒であり断じて許されない。
 

心の健康に配慮した都市計画&デザインを! 投稿者:ugo  投稿日: 8月22日(木)09時27分30秒

秩序のない都市からは秩序ある人間の営み、引いては個人の秩序ある心の健康は生まれない。
日本の都市行政はこの視点に著しく欠けている。効率や安全、数字だけで計れない目に見えない人間の感情を主眼においた都市再生に今すぐ取りかかるべきである。心の健康を守るといった視点から日本の街づくり、都市政策を語れば、日本の国土は類い希なる秩序だったそして美しい、あるいは万人を惹きつけ心地よく感じさせる、取りこぼしのない新天地へと生まれ変わるであろう。犯罪の増加、減らない自殺者、引きこもりなど様々な社会病理が取り沙汰されている今こそ、心の健康を維持することや障害者へのバリアフリーを視野に入れた人に優しく新しい包括的な都市計画&デザインの導入を早急かつ真剣に取り組むべきである。
 

求められる早急な受け皿整備 投稿者:ugo  投稿日: 8月24日(土)08時10分11秒

今日の朝日朝刊によると、
「厚生労働省は23日、精神障害者の医療・福祉を充実させる総合計画検討している社会保障審議会に、『今後10年間で精神病院に入院している約7万人の退院・社会復帰を目指す』などとした報告書骨子案を示した。」
そうだ。

果たしてこの公約は本当に守られるのだろうか?
途中で社会情勢が変化したからなどとこの流れを後戻りさせることがあってはならない。
良心的な市民の手でしっかり監視していかねばならない。
 

障害者への理解に欠ける1地方 投稿者:ugo  投稿日: 9月 1日(日)15時07分17秒

とある東京近郊の県に於いて平成15年4月から始まる障害者支援費制度はその対象者を身体障害者、知的障害者や障害児と並べ上げ恣意的に(障害者から)精神障害者を除外し、適用を後回しにしようとしている。
このことは県は喫緊の施策の中で障害者の内でも精神障害者だけには歩み寄れないと言っているに等しく、差別を助長することに他ならない。
障害者を含む県民の「安心」や「いきいきとした暮らし」、「誰もが住んで良かったと実感できる地域の実現」は精神障害者の心の平安を爪弾きにしては矛盾し掲げる理念自体への背信行為となることを肝に銘ずるべきである。
また「障害者の幸せなくして、県民の真の幸せはない」と謳う県政こそ先頭に立って精神障害者への誤解や偏見を改め自ら述べる「支援社会」の形成に向けて齟齬なく邁進するよう努めるべきでないか。
 

どう思います? 投稿者:ugo  投稿日: 9月14日(土)13時49分20秒

うつ病は弱さを人に見せたくない「おくびょう者」の病
統合失調症(分裂病)は自分を人前でありのままに出せない「おっくう者」の病
であると私は認識する。

p.s. ちなみにガン患者は「せっかち者」の病だと思う。
 



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